父の存在意義

父親とは何だろう。

 

そんな問いから始まる『父という病』という本がある。

 

僕が男として生まれ、父となるわけだが、親父特有の不安感を表現した一文がある。

 

生物学的には、ほとんどの瞬間において、いてもいなくてもいい父親だが、それゆえに、その結びつきは、母親との関係以上に心理社会的なとのだと言える。それは言い換えれば、社会や時代が変われば、そして心理的、社会的な状況によって左右されやすい関係だということだ。それに対して、母と子の関係は、生物学的に決定づけられる部分が大きいので、社会や時代を超えた普遍性をもつということだ。

 

『父という病』岡田 尊司、2015年 、ポプラ社

 

僕は今、長期出張中で嫁のサポートもしてやれないが、赤ちゃんは元気に育ってくれている。

もし、僕が何らかの事件や事故に巻き込まれて死ぬ可能性もあるかもしれないが、子どもの学費や生活費は保険で賄うことが可能だ。

そうなってくると……僕が父である存在意義が揺らぐ。

いなくても子どもは育つのだから。

父親って……いなくってもいいんじゃない?って言う不安感がある。

母親、女性の場合はそうではない。

その点で圧倒的に女性の方が子どもにとっては必要な存在だが、この本に子どもにとって父親との関係は心理社会的なものだと諭された。

 

同書の、『生物学的な観点から言うと、母子と生活を共にし、子育てに父親がかかわる種は、哺乳類全体の三%』と言う文章には笑った。

これを嫁に言うと怒られそうなのでとても言えないが、イクメンってのは哺乳類にいないのではないだろうか。と思った。

 

この本を読んで僕も子どもだった時の事を反芻し、欠点だからけだがもうすぐ親父になる自分を考える。

自分の生き辛さ、自己主張や聞きたいことや言いたい事を躊躇してしまうのは親の顔色を伺っていたり、反発しながらも愛されたいと願い囚われ抑圧された自分がいるからかもしれない。

自分の悪い所はこの長期出張でよく痛感させられる。

 

我が子にはどう関わっていこか??