世界各国の優生学

アメリカでは断種法が制定され、優生政策が実施されていったが、歴史的に見て優生学的な運動は、1890年から1930年代まで世界の30カ国以上で展開する。

ゴールトンが蒔いた優生学という種は、それぞれの国の土壌で独自の形態として進化していった。

 

また、優生学者によって様々なスタンスがある。

例えば、純血が望ましいと考える学者もいれば、混血が優生学的に見て望ましいと考える学者もいた。

 

優生学と富国強兵は結びつきが強うそうに思えるが、、戦争を“逆淘汰”と捉え戦争に反対する優生学者もいた。

逆淘汰とは、戦争に行ける生物学的に優秀な者が減り、戦争に行けない劣等者が増えると考えた訳である。

 

ただ、時代背景も今とは全然違い白人こそが人種の中で最も優秀だということが当然視されていた時代であった。

 

胡散臭い学問だと捉える人がいるなかで、賛成、反対を踏まえて優生学が定着していこととなる。 

 

ただ、優生学プロパガンダ(政治宣伝)してい際、人間が退化しているという問題意識は共通していた。

 

日本がどうだったかは、また別の機会に。