1年ブログを続けて

ブログを始めて約1年が経過した。

今、1年続けてみて、人に伝えるということの難しさを痛感している。

 

普段、何気なく話してる言葉も文章にしたら残る。

そこにプレッシャーがかかる。

もしかしたら誰の目にも止らないかもしれないが、不特定多数の人に見られる可能性のあるオフィシャルな場だと考え慎重に表現している。

読んだ人を不快にさせる文章は書きたくはない。

 

言葉の意味もよく調べるようになった。

 

例えば、羨望。

wikipediaには、自らの持たない優れた特質、業績、財産などを他者が持つときに起こる、それらへの渇望、ないしは対象がそれらを失うことへの願望である。羨望は他者が自分が持たない望ましい物品を持つときに、自己肯定感の低下という感情的な苦痛として現れる場合がある。と説明されている。

 

羨望という言葉には、このような解釈が出来るのかと驚いた。

ただ、羨ましいという言葉という意味で使うつもりだったが、それらを失うことへの願望があるとは恐ろしい側面がある。

自分には無いもの、他人が当たり前のように手にしているもの。

それは時として、自身に苦しみをもたらす。

だから、他人が失うことを望む。

人間に、そういう感情があることは否定できない。

 

自分の感情や考えを言葉を使って表現する。

英語で意思疎通を図ることはできない。

フランス語で哲学的なことは考えられない。

僕は日本語という言葉を使って、物を考え、伝えている。

 

1年続けて、発見もあった。

僕は言葉の定義とかを調べたりするのが好きなようだ。

そうやって、少しずつ正しい概念が身についていく。

ついでに、類語も調べる。

同じ笑顔でも、ニコニコとニタニタではニュアンスが大きく変わる。

自分の心境に近いものを選んで、そうやって言葉のタッチをできるだけ丁寧に描いていく。そんな1年であったと思う。

 

一方で、自分にとっての既知を他者に伝えるというのは時に面倒臭いことでもある。

自分の拙い文章では伝わらないと頭を抱える。

考えがまとまらないという時は、引用を多用していた反省している。

僕は物を考えているようで、考えていないのだろう。

 

そんな感じで1年が過ぎたと思う。

来年はもっと自分の言葉で表現し、オリジナリティを出していきたい。