アイデンティティーと恋愛

もし、僕がイタリア人だったら女性を上手に褒めてエスコートできていたと思う。

もし、僕がフランス人だったらキス上手だったと思う。

歴史的な建造物を背景にキス。しかもナチュラルに。とても絵になる。

フランス人やイタリア人は恋愛上手で、恋愛を謳歌している印象がある。

一方で、日本人は口下手で、恋愛が下手な国民性だと認識していた。

でも、それは歴史的に見てみると全く違った側面が見えてくる。

 

恋愛と文化の関係をもっともよく表しているのが、一二世紀ヨーロッパの宮廷風恋愛である。西洋における恋愛の文化はそこから始まったといわれている。

だが、恋の歌を含め四世紀から八世紀までのさまざまな和歌をおさめた日本最古の歌集、万葉集の世界を知っている日本人からすると、一二世紀にようやく恋愛に文化を発見した西洋の人たちは、少し遅すぎる気がする。

(中略)

世界最古の長編小説といわれる源氏物語にも、恋愛と結婚の悲劇がちゃんと描かれている。

このように私たちが恋愛を和歌や小説という文化のレベルまで高めていた時代に、一方のヨーロッパではまだ男女の恋愛が文化として認識されていなかった。

ようやく十二世紀になって、宮廷風恋愛でヨーロッパ、とくにフランスあたりの恋愛文化が花開くのだが、中世的な世界観の中では恋愛感情は抑圧されていたし、その前の古代ギリシャ時代には男性同士の愛が素晴らしいということを論じ合っていたぐらいだから、男女間の恋愛にはあまり比重が置かれていなかったようだ。

つまり日本人は欧米人よりはるかに昔から恋愛を謳歌し、文化にまで高めていた恋愛上手な民族である。私たちにはそのDNAが流れている。

齋藤孝『人生を変える万有「引用」力』2009年 KKベストセラー

 

中学の授業で万葉集源氏物語を習ったような記憶があるが、知識としては知っていても、そこまで繋がらなかった。

もし、その時に恋愛上手な日本人としてのアイデンティティーを持っていたなら僕の恋愛スタイルも変わっていたかもしれない。

 

僕らのご先祖様は恋愛上手な民族。

もっと自信を持って恋愛したかった。

 

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 【京都・正寿院】