結婚について

結婚する前に考えていたことがある。

 

結婚するってのは、何かを作る行為に似ているのではないかと。

毎日、料理を作ったり、子どもができたなら育てたり。

独身時代なら無頓着でいれることも、他人と生活するのであればそうはいかない。

 

それに対して、付き合っている時は外食に、映画に、プレゼントを貰ったり、送ったり。

基本的に楽しいことばかりだ。

ほとんど場合、お金を払ってサービスを受けているのだから消費活動でお客様。

そう考えると結婚は生産活動に近いのではないかと考えていた。

語弊を招く言い方だが、仕事に近いかもしれないと思っていた。 

 

自分の親や友人が結婚して幸せそうに見えない時がある。

それでも、なぜ僕は結婚したのか?

もちろん、それは幸せになるために結婚した。

 

その考え方にコペルニクス的転回が訪れる。

内田 樹 先生の『困難な結婚』という本に出会ったからだ。

非常に面白い本で、特に考えさせられた一文を紹介したい。

 

率直に申し上げて、ご自身が「健やか」で「富める」ときは別に結婚なんかしなくてもいいんです。その方が可処分所得も多いし、自由気ままに過ごせるし。健康で豊かなら独身の方が楽なんです。

結婚しておいてよかったとしみじみ思うのは「病めるとき」と「貧しきとき」です。結婚というのは、そういう人生の危機を生き延びるための安全保障なんです。結婚は「病気ベース・貧乏ベース」で考えるものです。

目の前にいる人よりももっとましな相手がいるんじゃないか、ここで手を打ったらあとで後悔するんじゃないか……というのは「自分はこんな程度の人間じゃない」という自負の裏返しです。 

内田 樹(2016年)『困難な結婚』株式会社アルテスパブリッシング

 

確かに。「幸せになれる!」と過剰過ぎる期待をかけて結婚すると、少しの不幸でも耐えられないような気がする。

人生で困難が訪れた時に、こんなはずではなかったのに……とひがんでしまう。

 

そうではなくて、結婚の真価が問われるのは困難に直面した時だと考えさせられた。

楽しい時は誰とでも一緒に過ごすことができるが、辛い時に寄り添ってくれる人は少ない。

病気ベース、貧乏ベースで考えるという言葉は非常に重い。

 

人生、山あり、谷あり。

本当の意味で牧師さんの言葉を深く理解するのは長年連れ添った夫婦だと思う。

 

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健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しきときも、

これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?