2度目の流産

今日、2度目の稽留流産が確定した。

 

僕にとって、1度目の流産は実感が少ないものだった。

妊娠自体の実感が薄かったためだ。

2度目の流産は出産予定日も分かっていたし、嫁がつわりでしんどそうなのを見ていただけあって実感がある。

“ 流産 2度目 ”で検索するとサジェスト機能で“ 辛くない ”とも出てくるがあれは嘘だ。

 

妊娠発覚の際に、もし次に流産したら嫁は立ち直れるのか? と、とても心配でだった。

もう一度、あんな辛いことがあったら立ち直れないと不安だった。

立ち直れたのは、もう一度妊娠に向けて頑張ってみようと前向きになれたからだと思っている。

でも、もし次も同じことが起こったら……と考えると不安で仕方なかった。

 

僕が落ち込んでいた為に気丈に振る舞っていた嫁は流産が確定し、ベテランナースさんに手術の説明を受ける際に優しい言葉を掛けられると堪えていた涙を流してた。

家に帰ってからも、大声で泣いてた。

男の僕は、そんなに泣けない。

 

嫁は今まで入院もしたことがなく、身内(母やお姉さん)に流産の経験者がいなかった為か妊娠さえすれば出産までスムーズにいくと思っていたと思う。

 

僕も流産する人は意外と多いと言うことは知識としては知っていたが、2度流産が続くとは夢にも思わなかった。

 

 

子供ができて“まさか自分に子供ができるなんて”と驚く人もいれば、子供ができずに“まさか自分に子供ができないなんて”と驚く人もいる。

子供のころに予想していた自分の未来。

歌手や宇宙飛行士になれなくても、いつか自分も誰かのお母さんやお父さんにはなるんだろうなぁと思っている。

しかし、当たり前になれると思っていたその当たり前が、自分に起こらないことがある。

世の中の日常で繰り返される平凡な現象が、自分にとっては奇蹟に映る。

歌手や宇宙飛行士になることよりも、はるかに遠く感じるその奇蹟。

子供のころの夢に破れ、挫折することなんてたいした問題じゃない。

単なる職業にはせた夢なんて、たいして美しい想いじゃない。

でも、大人の思う夢。叶っていいはずの、日常の中にある慎ましい夢。

子供の時は平凡を毛嫌いしたが、平凡になりうるための大人の夢。

かつて当たり前だったことが、  当たり前でなくなった時。

平凡につまづいた時。

人は手を合わせて、祈るのだろう。

リリー・フランキー(2005)『東京タワー オカンと僕と、時々、オトン』扶桑社

 

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