妊娠発覚

流産して間もないことで、妊活に向け気持ち新たに臨もうと矢先の出来事だった。

体調不良とは聞いていたが、妊娠検査薬の陽性の画像が届いた時には本当に驚いた。

心音が確認できるまでは、お互い期待しないでおこうと内心は期待しながらも自分達が傷つかないための防波堤を建てていた。

特に、流産してすぐの妊娠は流産につながりやすいから心配だった。 

 

発覚した瞬間は嬉しかったのだが、もしも今回も流産したら……

嫁は立ち直れるだろうか? とネガティブな方向に考えると心配な日々を過ごしていたが、今回は病院の診断で心音が確認できた!!!

 

もうすでに出産予定日が分かることに驚きだったし、

十月十日(とつきとおか)というのは、お腹の中に赤ちゃんがいる期間だと勘違いしていた。

だから、連絡を受けた際には既に5週であることに驚いた。

 

十月十日は最終生理初日から数えての日数。 

男性は勘違いしている人の方が多いのではないだろうか。

 

心音確認の連絡を受けた時は純粋に嬉しかったし、ひとまず安心だ。

ただ、安定期に入るまでは両親以外には内緒だ。

流産を経験してしまうと、周りに伝えることに躊躇してしまう。

もし、流産した時にその事実を伝えるのが本当に辛いから。

 

もし、安定期に入っても死産である可能性も拭えない。

無事、生まれてきても突然死とかの可能性もある。

こういう心配はこれからずっと続くのだろう。

 

母子共に健康に育って欲しい。

みんなにとっては当たり前のことかもしれないが、僕には凄く尊く感じる。

流産を経験してからか、嫁への気遣いを人一倍しているように思う。

 

母子共に健康であって欲しい。

祈るような気持ちだ。

何とか無事、元気に生まれてきて欲しい。 f:id:TETSUJI:20170401080031j:image

【子授けの神社で有名な京都・岡崎神社】 f:id:TETSUJI:20170329063548j:plain

【妊活の再出発の為に参拝しようとしていた日が心拍確認の日となった】

 

子どもの死が夫婦に与える影響

夫婦の関係性は絶えず変化する。

妊娠が発覚すれば、一般的に男は女に優しくなる。

流産後夫婦の関係性は変わるのかもしれない。

 

一説によると、子供を失った夫婦の90パーセントが2年以内に問題をかかえるようなるという説もあるそうだ。

 

夫婦が悲しみを抱えることになるのは間違いないわけで。

何を問題と認識するかにもよると思うが、うちの例では流産後の夜の営みが2回連続失敗に終わったことがあった。

1度目は僕の鼻づまりが苦しすぎて、2度目は嫁の笑いが止まらなくて。

これが続いたらどうしようと心配ではあったが、今は解消された。

これも問題になるのだろうか?

 

一方で、『死別の悲しみを癒すアドバイスブック』の著者であるキャサリン・M・サンダーズによると愛する人を失った悲しみを乗り越える際に最も助けになるのは「家族や友人」となるそうだ。

 

何気ない会話はできるが、流産や赤ちゃんに関しての話はなかなかできない。

旦那の立場からすれば、触れていい話題か分からないから気安く触れられない。

表現できない本音。

相手をまた深く傷つけてしまうかもしれないという配慮。

治りかけたかさぶたを取るようなことはしない。

だから、その話題に関しては極力触れないようにする。

変に誤解されても嫌なので、触らぬ神に祟りなし。

 

ただ、お互い本音を話せないのも辛いし、溝もできる。

外食の機会を設け、話し合う場を作った。

その際に自分の考えや、これからの事を伝えたことはあった。

嫁は妊活や妊娠中はお酒を控えていたのでいいリフレッシュにもなればとも考えた。

 

問題を抱えることと夫婦関係が悪化することは違う。

コミュニケーションを取ることで相手の考え方を知ることができるし、捉え方や心が軽くなることもあると思うのだ。 

御朱印集め

流産後、彼女が実家に帰省していた際に御朱印集めをしよう、と提案された。

 

元々興味があったのか、流産後の心境の変化なのかは分からない。

 

御朱印とは、お寺や神社に参拝した際にいただける参拝証明書(本来はお経を書き写し納めたことの納経の証)。

初めて見た時からカッコイイというのが率直な感想で、興味はあった。

 

せっかく始めるなら、御朱印帳から自分達の気に入ったもので始めようと話し合っていた。

共働きで休みがなかなか合わずなかなか買いに行けなかったけど、お気に入りの御朱印帳を購入し、御朱印を頂いた。

参拝する楽しみが増えた。これから少しずつ集めていこう思う。

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御朱印

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【左の写真は平等院で購入した御朱印帳。右の写真は宇治神社御朱印帳】

グリーフワーク

深い悲しみを意味するグリーフ。

 

悲しみを癒す作業、悲しみから立ち直っていく過程をグリーフワークと言うそうだ。

 

そのプロセスは5つ感情の段階を経る。

 

第1段階【ショック】

第2段階【否認】

第3段階【パニックや怒り】

第4段階【無気力や虚無感】

第5段階【死別の受容】

 

気持ちには浮き沈みがある。

階段を登っていくように、グリーフワークの段階を経ることできない。

それでも、登っては降りの繰り返しで、ゆっくりと悲しみと向き合って立ち直っていく。

最も大切なことは自分の悲しみと向き合うこと。

やってはいけないことは、悲しい感情に蓋をすること。

自分の感情に嘘をつき、目を背けると、心が麻痺して喜びなどのプラスの感情まで半減してしまうそうだ。

自分のありのままの感情を受け止めること、それが大切だ。

 

感じることが生きることだ。

喜怒哀楽、どの感情も大切。

喜んだり、楽しんだりすることと同じくらいに、

怒ったり、哀しんだりすることにも意味がある。

 

平野 友康(2011)『ソーシャルメディアの夜明け』メディアライフ

 

参考文献

『死別の悲しみを癒すアドバイスブック』キャサリン・M・サンダーズ

心理学者の著者自身が息子を亡くしており、僕が流産に関連する読んだ本の中で最も参考になった本。

 

死別の悲しみを癒すアドバイスブック―家族を亡くしたあなたに

死別の悲しみを癒すアドバイスブック―家族を亡くしたあなたに

 

気持ちの浮き沈み

流産後の嫁のことを支えてくれる人がいる。

3回流産の経験がありながら、今は一児の母である嫁の親しい友人。

流産の経験があり、気持ちに共感してくれる職場の元上司。

ネットでブログなんかもよく読んでいるようだ。

 

同じように辛い思いした友人が彼女を支えている。

 

一方で友人に傷つけられることもあるようだ。

きっかけは僕らと同時期に結婚した友人の戌の日(安産祈願)の報告を受けたこと。

その友人は嫁が妊娠、流産したことは知らないから、全く悪気はない。

 

嫉妬、無念、悲しみ、焦り……

 

どうしようもない感情が僕に八つ当たりとしてこの日はぶつけられた。 

 

僕はどう言葉をかけていいか分からなかったが、与えられた言葉に対して、その時々に感じることはある。

プラスの言葉、アドバイスに近い考えが浮かんでくるが、言えない。 

何を言っても、捉え方次第で傷つけてしまうかもしれないと躊躇してしまう。

また、そんな言葉は求められていないとも思う。

 

結局、その日は話を聞くことしかできなくなかった。

 

赤ちゃんを一度授かることが出来たのだからまた妊活を頑張ろうとする前向きな嫁と、なぜ自分がこんな目にと感じ卑下してしまう嫁。

 

元気だったり、くよくよしたりの繰り返して消化していくしかないのだと思う。

 

また「完全に吹っ切れることなどない」と言っていた。

お腹の中にいてくれた赤ちゃんを忘れるみたいで悲しい気持ちと申し訳ない気持ちがある、と。 

だから完全に吹っ切れることなどないのだろう。

 

水子供養へ

水子供養に行ってきた。

 

嫁も少しずつ精神的に落ち着きを取り戻してきたように見える。

それとも気丈に振る舞っているだけか?

 

水子供養では、住職の話を聞きながら、何となく宗教に傾倒していく心理が分かるような気がした。

僕も心が弱っていたようだ。

 

死んだら人はどこに逝くのか?

 

僕は無宗教で死後の世界はないと思っている。

死ねば“無”に帰えるという死生観だ。

でも、もし天国や地獄があるのなら赤ちゃんは天国に逝って欲しい。

もし今、お金で何とかなるとか言われたら、お金を積んでいたかもしれない。

それくらいの事しかできないし、空いた心の穴を埋めるため、より深い穴に入りたいような自暴自棄な感じだった。

昔の人は、今より分からないことだらけで、宗教にすがるしかなかったんだろうなぁとか、色々なこと思いを馳せ、色々なことを考えた。

 

宗教の目的が“救済”であるなら、僕は救われたかったんだと思う。

 

寿命を全うした人間が死ぬのと、子どもや赤ちゃんが亡くなるのでは心の辛さが全然違うと思う。

子宝という言葉があるが、子どもは本当に宝だと思う。

 

帰宅の道中で、彼女は「また赤ちゃんが帰ってきてくれるような気がする」って言った。

男の僕には分からない身体感覚だと興味深かった。

赤ちゃんが来てくれるなどの表現もあるから、それと同じようなものなのか。

医学的なことは頭で理解しているが、それとは別に精神的な部分でそう思うことでまた頑張れるらしい。

 

赤ちゃん、名前もつけてなかったけど、戒名も何もないけれど、無事に生まれてきて欲しかったなぁ……。

稽留流産

去年、妊活をしていた甲斐があってか赤ちゃんを授かることができた。

 

ただ、2回目の病院の診察で心音の確認が出来なかった。

クリスマスが近づいてきた頃のことだった。

嫁は信じられなかったのか、おそらくネットで色々と検索し、それでも気がかりでその日のうちにセカンドピニオンを受けるため他の病院で診てもらいに行った。

僕はその日は仕事だったから、仕事が終わってすぐに駆けつけた。

遅れて駆けつけたが、後から来た人が先に診察室に通されて、結構な時間を待たされた。

 

やっと診察だと思ったら、「心音が確認できない」と言われた。

他の赤ちゃんの心音が正常に動いている画像まで見せられた。

わざわざ画像まで見せるとは、なんて残酷なんだろうって感じた。

ただ、話の文脈で嫁を説得させる為にしたことなんだとも感じていた。

ネットで情報収集して、一縷の希望も持っていたと思うから。

信じられない、信じたくない、と彼女は感じていたと思う。

泣き崩れていた。

 

コンプレックスや悩みなど色々抱えていることはあるが、僕は今までそれなりに元気に生きてきた。

年齢も重ねてきて、友達の赤ちゃんを目にすることも多くなってきた。

だから、何の根拠もなく自分の赤ちゃんも大丈夫だと思っていた。

心配はもちろんしていたが、大丈夫だと思っていた……。

 

現実を突きつけた先生は、一方でこうも言ってくれた。

早期流産は赤ちゃん側に問題があり、染色体異常だと。

嫁は自分自身を責めていたかもしれないが、それはやめて欲しかった。

そこは救われた。先生なりの優しさで現実を突きつけたんだと思う。

 

次の日から安静の為に、彼女は仕事を休んだ。

受け入れてくれた職場の人には感謝だ。

命の可能性が失われた。

自分の体の中にある命なのだから肉親も肉親、慶弔休暇は必要だと思う。

ただ、社会の風潮とかはそうではないのだろうなぁとも思っていた。

稽留流産は自覚症状がないとのことで、彼女は信じられない気持ちだったと思うが、次の日に出血があった。

 

流産となる確率は10〜20%程らしい。

友達が10人いれば、1人か2人は体験していることになる。非常に高い確率だと思う。

嫁は「何で私だけ……」ともこぼしていたが、誰にでも起こりうることだ。

安定期に入るまでは周りに口外しない方がいい、という意味も分かった。

 

嫁は自然と涙が出てくる、とよく泣いていた。

妊娠が分かって、喜びに浸っていた落差で余計に悲しく辛い。

その悲しさは、男の僕には本当の意味で理解できないとは思う。

赤ちゃんがいたのは嫁のお腹の中だから。

だから、僕はとにかく嫁が心配で心配でたまらなかった。

 

家事などの肉体的なサポートはしていたつもりだったが、年末の忙しい時期だったこともあり、入っていた予定を優先したことで、「精神的なサポートが必要だ!!」と泣きながら怒りをぶつけられたこともあった。

軽率だったと今は反省している

 

そんな彼女を見ていて、精神的に特に辛そうだったのは、妊婦さんのいる病院に行くことだった。

ブログではかけないようなことを毒づくこともあった。

 

稽留流産手術当日の病室は新生児が並ぶベットの近くだった。

僕も目を反らさずにはいられなかった。

なんとなく気まづい雰囲気が流れるのを感じた。

 

色々あったが、お陰様で何とか無事手術も終わり新年を迎えることができた。

 

今、ブログを読んでいるのが男性の方なら——

家事などの肉体的なサポートはもちろんのこと、精神的なサポートも大切です。

癒しとかは到底出来ないって思い込んでいた僕ですが、側にいるだけでもいいかもしれません。

 

ブログを読んでいるのが女性の方なら——

僕の拙い経験ですが、男の僕が心を砕いていたのは赤ちゃんのことよりも嫁のことだったように思います。おそらく旦那さんもそうだと思います。

どうかご自身を責めないでください。

 

稽留流産という言葉すら知らなかった僕の個人的な課題としては、正しい知識を身につけることだ思う。

普段、人は自分の価値観や知識に基づいて発言したり、行動したりしている。

流産の辛さをどこまでいっても男の僕は分からないとは思うけど、知識があることで掛ける言葉、心境、行動も変わってくると思う。

そこまで出来た人間ではないから知識でカバーしよう思うのだ。

それがブログを始めてきっかけでもある。