心配性と愛情

嫁のお腹の張りがひどく、茶オリも多かったため検診の予定はなかったが急遽、病院へ。

僕の心臓の鼓動も一気に早くなる。

 

診断結果は赤ちゃんが無事に動いていて、一安心。

(実はこの内容は病院で待っている間に書いていた。

僕に出来ることは何もない。

神頼みも裏切られた体験がある。

だからといって、携帯ゲームをしていてバチが当たるのも恐い。

何も出来ることはないが、望む未来を書くことで現実になしそうで、祈りのように望む未来を書いている。)

赤ちゃんも大きくなっていて、狭そうに感じた。これで一先ずは安心。

(これは検診後に書いた文章)

 

子どもを持つとは心配の連続なんだと思う。

でも、それは自分のことばかり考えていた思春期の頃に比べて成長した思う。

恋ってのは相手の目が気になってしまうことだとするなら、今みたいな自分よりも大事な存在が出来て、人の事ばかりを考えてしまうことが愛なのか?

僕の親も僕が生まれる時はこんなに心配したんだろうか?

 

妊娠が分かってから嫁はお腹をさする行為をよくとるようになった。

これは全人類、それこれ人類が誕生してから共通する行為なのではないだろうか。

 

心配は尽きない。

 

春先には赤ちゃんを抱っこ出来る!!

 

出生前診断

嫁から「出世前診断どうする?」と聞かれた。

病院で貰ってきた冊子に出生前診断の1節があったからだと思う。

 

僕のスタンスとしては羊水検査などの流産の可能性があるものは絶対にして欲しくない。

 

中期母体血清マーカー検査は高齢出産だから検査した方がいいのかもしれない。

ただ、もし染色体異常が分かった時にどうするのか?

 

冊子には“夫婦でよく話し合って下さい”と書かれていたが、僕は「検査は受けんでいいやろう〜」とだけ伝えて終わった。

自分の頭の中で考えていた思考のプロセスを伝えずに、結論だけを伝えた。

思考のプロセスとは、まず染色体異常が分かったらどうするのか?

中絶するのか?育てるのか?

僕たち夫婦が待ち望んだ赤ちゃんだが、中絶するなら検査を受ける意味もある。

育てる選択をするのであれば検査を受けても意味がない。

 

嫁はもし赤ちゃんに障害があると知れば中絶するだろうか?

僕に選択を委ねるだろうか?

たぶん、物凄く話し合うことは間違いない。

お互い凄く悩んで、考えて、夫婦関係にも影響がありそうだ。

正直、嫁の精神的なことを踏まえると僕は選択できないと思う。

選択できないのであれば、知りたくないと考えた。

今、そんな覚悟を持って検査を受ける必要があるのか?

その結果「検査は受けんでいいやろう〜」とだけ伝えた。

本来はこういったこともよく夫婦で話し合うものなのかもしれないが、答えは出ないと思うし、気分も重い。

 

出生前診断に関して深掘りすれば非常に難しい問題が顔をのぞかせる。

自分の“人間性・人間観”が問われることになる。

その話はまた別の機会に。

ちょうど良い距離感

10週目の健診も問題なく終わり、9週目の壁も無事に突破。

9週目の壁とは、統計的に9週目で流産となることが多いそうだ。

安心したのも束の間、僕も不安だったが嫁の方が不安でドキドキしていたに違いない。

 

男の僕に何ができるのか?どのようなサポートが望ましいのか?

そのヒントを探るために『ダンナのための妊娠出産読本』を読んだ。

親しみやすい文体で一気に読んでしまった。

著者は萩田和秀さん。漫画コウノドリの主人公のモデルになった医師だそうだ。

 

この本で最も面白かったのが、イクメンの定義だ。

 

そもそもどんな人をイクメンと呼ぶのでしょうか?

毎日赤ちゃんをお風呂に入れてあげれば、イクメンと認めてもらえるのでしょうか?

おそらく、何をするかという中身ではなく、「嫁ハンとの距離感」がうまくとれていれば、イクメンです。嫁ハンが何を求めているかによって、イクメンの定義も変わってくると思うのです。

子育ては、赤ちゃんのおむつを替えたり、ごはんを食べさせたり、お風呂に入れることだけではありません。

嫁ハンと子供と一緒に生きていくこと、生活そのものが子育ての一環です。サポートのしかたは人それぞれ、さまざまな形があっていいと思うのです。

 

萩田 和秀『ダンナのための妊娠出産読本』2015年 株式会社 講談社 

 

このイクメンの定義は非常に面白いと思った。

“嫁ハンとの距離感”これは非常に難しい。

距離が近すぎて過干渉になり、僕が心配しすぎると煙たがられる。

逆に距離が遠すぎると、妊娠を喜んでいないとか無関心だと責められる。

嫁に限らず、人間関係のちょうど良い距離感というのは本当に難しい。

人それぞれ、組み合わせ次第で100組100通りの夫婦の形があると思う。

嫁が満足していれば、イクメン

 

まだ、赤ちゃんは生まれていないけれど、今の夫婦の距離感はちょうど良いと感じている。

 

食事の用意は専業主婦の嫁にお願いして、掃除や洗濯を僕がする。

お風呂掃除をしているととても感謝されるが、そんなのお茶の子さいさい朝飯前。

簡単な事で感謝される。

嫁の僕への期待値は低い。

 

僕も嫁に対して安静にしておいて欲しい。

専業主婦だから〇〇して!みたいな期待はない。

家事の中で最も時間のかかる料理をしてくれるだけで御の字。

しかも、嫁の方が料理は美味く豪勢だから本当にありがたい。

 

お互いが期待値が低くて感謝している状態。

お互い期待値が低いから今は良い関係を築けていると思う。

8週目

2回目診察で心音の確認が出来て一安心。

 

2度目の流産の時は、8週目で心音が確認出来なかったから……

 

赤ちゃんの生命力を信じようと決めても不安になる。

嫁も喜んだのは束の間で、心配ばかりしている。

ストレスで胎教に悪影響を及ぼしそうなくらい心配している。

僕たち夫婦は不安で毎日でもエコー確認したいぐらいだ。

 

また、嫁の様子を見ているとつわりがしんどそうだ。

よく寝ている所を見ていると、今まで妊娠しながら仕事をしていた時のことが信じられない。

個人差もあるだろうが、仕事をしながら、妊娠・出産って無理なんじゃない!?って思えてくる。

 

安定期に入るまでは、周りに言わない人も多いと思う。

お腹も大きくなく、周りの気遣いにも期待できそうもない。

もしかしたらお腹の大きな安定期よりも、今の体調な急激な変化や不安は妊娠初期の方が大きく、もっと配慮が必要かもしれない。

 

体調の変化は大変だとは思うけど、命を産める女性は凄いと思う。

男の僕は出来る限りサポートしたい。

 

f:id:TETSUJI:20180827101522j:image

母子手帳

病院で心音が確認できたため、母子手帳を貰いに行ってきた。

 

嫁は心音を確認し、赤ちゃんの心音を聞き泣いていた。

赤ちゃんの心拍は大人の心拍と比べてとても早いらしい。

僕も聞いてみたい。嫁の身体の中には、心音が2つ。凄いことだと思う。

前回のデータと比較して心音の鼓動が強いと先生が伝えてくれたので安心した。

 

落ち込むのが嫌で、ネガティヴな想像ばかりしていた嫁は子宮外妊娠でなくて良かったと喜んでいた。

 

7週目の今、赤ちゃんの脳や脊髄神経などが作られているらしい。

非常に重要な時期だ。

 

このまま元気に育って欲しい。

 

妊活も終盤にさしかかり僕は内心、子どもは諦めていた。

子どもは育ててみたかったが、子どものいない人生を受け入れようとしていた。

“悔いなく、心配事もなく、人生を謳歌しよう”と思っていた。

やりたいことをやって、美味しいもの食べて、行きたい所に旅行する。

子どもがいなければ、心配事もほとんどなくなる。

そんな人生も悪くない。

それにもし、3度目の流産となったら嫁は精神的に壊れてしまうかもしれない。

それなら子どもは諦めた方がいい。

子どもを育ててみたかった夢は甥っ子を可愛がって満たして、心配も、悔いも残さず死んでいこうと漠然と考えていたこの頃。

 

子どもを授かったのなら、最低でも子どもが成人するまでは生きていたい。

仕事も頑張らないとならない。

いきなり、ゆる〜い人生観から頑張りMAXな生き方が大きく変わった。

僕もこれから頑張らないといけないが、赤ちゃんも頑張って欲しい。

2度流産しているので、不安は尽きないが赤ちゃんの生命力を信じるしかない。

 

赤ちゃんの生命力を信じるーー

ずっーと考えてきた僕なりの結論だ。

陽性と諺

最近、嫁がピリピリしていて、毎日のようにケンカしている。

仕事で疲れていて、家でも安らげない。

家でも気を遣わなければならないのは辛い。

離婚するつもりはないのだが、脳裏に離婚の文字がよぎる。

 

その日もケンカして、疲れて夕方ふて寝をしていたら、嫁が出ていた。

(怒ってどこかに行ったのかな……)

少し先行きを心配しながら、寝ているとしばらくして帰ってきた。

家に戻って来てくれたことに安堵していた。しばらくするとーー

 

「妊娠してる!!」

 

と驚きの知らせを受けた。

 

「!!?」

 

妊娠検査薬の陽性反応を何度も2人で確認する。

見方は正しいのか、見間違いでないかを確認する。

何度確認しても、陽性だ。

 

不思議なもので、嫁も体調不良の原因が分かってからはケンカしていない。

僕も何を言われてもつっかかる事はない。

 

 

僕たち夫婦は2度流産を経験している。

今回の知らせは妊活をしていた僕たち夫婦にとって嬉しいものだが、不安の方が大きい。

妊娠初期の赤ちゃんの血管は髪の毛よりも細いらしい。

そんな血管に心臓が動いて血液を送る。

僕らの期待や希望を背負わせるにはあまりに儚く小さい存在。

 

今回が3度目の妊娠。

もし、次も流産してしまったら……

“2度あることは3度ある”と言う諺がある。

そう言う意味で不安は尽きない。素直に喜べない。

諺は息の長い言葉で、先人の知恵が詰まっていると思う。

その一方で“3度目の正直”と言う諺もある。

人間の知恵には二面性があるという事だろうか……

今回は、3度目の正直であって欲しい。

仕事の悩み

人の悩みの中で必ず上位に上がるのが、人間関係に関する悩み。

僕が今、悩んでいるのは転職後の職場での人間関係だ。

はっきり言って、スタートダッシュでは転んでしまったと感じている。

 

最初に「コイツは仕事が出来ないなぁ…」とラベリングされてしまうと挽回するのに苦労する。

悩んでいるとプライベートでもグルグルと仕事のことを考えてしまい上手に気分転換できない。

 

ただ、僕はこの問題の解決の仕方を知っている。

 

商売や仕事で最も大切なことは“信頼関係”だと思う。

そして仕事上の信頼関係は仕事のパフォーマンスがベースになっていると考えている。

期待に応えてこそ信頼される。

そのように考えると、僕は職場で期待に応えられていないのだろう。

あるべき姿や期待から乖離していている現状がある。

僕もそれを敏感に感じ取り、人間関係が上手くいっていないと感じている。

 

転職する前はもっとやれると思っていたのだが、現実はそうではないらしい。

スタートダッシュは上手くいかなかったが、人の評価、評判は絶対的で固定的なものではない。

信頼されていても、自分の不注意のミスで積み上げた信頼が総崩れになることもある。

交通事故のようなもので、起こしてしまえば取り返しがつかない。

今の僕は転けたかもしれないが、事故ってはない。今はそこまでではない。

 

自分への期待値が下がっている方がやりやすいことだってあるかもしれない。

期待値が下がっていて、本当は仕事が出来るのなら必ず評価は回復する。

やはり問題は、僕が仕事が出来ないことにある。

問題の本質は人間関係ではなく、自分のパフォーマンスにある。

 

だったら今の僕のやるべき事はシンプルで、仕事ができるようになること。

人の目ばかり気にしすぎ、仕事に気を遣うこと。

承認欲求は満たされずとも、昨日の自分と比較した時に成長していればそれで良しとしよう。