出生前診断

ドイツのプレッツという優生学者の考え方を紹介したい。

 

「社会」という概念からは隣人愛や相互扶助が求められ、その反対「種」という概念からは闘争と淘汰が求められるとしたうえで、プレッツは後者の重要性を強調する。相互扶助によって成り立つ「社会」は、連綿と生き続ける「種」のヴァリエーションにすぎない。にもかかわらず、今日では「社会」の存続を支える隣人愛や愛他主義の原理が、「虚弱者」を生き長らえさせることによって「種」の進化を妨げていると説きながら、プレッツは「種」の観点から「社会」の再編成を訴えた。

 

優生学と人間社会』市野川 容孝

 

非常に難しい文章で何を書いているのかよく分からないかもしれないが、プレッツは隣人愛や愛他主義を否定したわけではなく、社会の重要性を理解した上で、その解決を出生前に求めた。

その当時はそんな技術は存在しなかったが、生殖衛生学と命名していた。

 

今は、出生前診断として超音波診断、羊水検査、母体血清マーカー検査などで分かる障害もある。

まさにプレッツが求めたものだ。

 

以前、嫁から「出世前診断どうする?」って聞かれて話し合いもせず自己完結して「受けなくていいやろ!」って返答した。

もし、赤ちゃんに障害があったらどうするのか?

そんな話は重たい。

 

優生学、それに伴う各国の歴史や優生政策の構造を紹介した。

かなり脱線してしまった形になったが、出世前診断を通して自分の人間性・人間観が問われることとなりそうだ。

 

生まれきて欲しい命と生まれきて欲しくない命を区別することを“内なる優生思想”と言うらしい。

確かに、僕と嫁の会話のなかで「元気に(健康に)生まれてきて欲しい」って話はする。

 

もし、赤ちゃんに障害があることが分かったらどうするのか?

そんな話は嫁としてないが……

あなたならどうしますか?

 

優生学を学び感じたことだ

遺伝現象を応用して人類の改良を図る科学であった優生学

 

優生学者は文明が自然淘汰を減らしたと言う。

確かに、僕は今の時代を謳歌していて、昔(それこそ、戦国時代や江戸時代くらい昔)だったら多分もう死んでただろうなぁってよく思う。

優生学的に見れば僕は劣等者確定だ。

劣等感の強い僕も自分が可愛いから自己肯定と自己否定を繰り返しなんとか生きてきた。

ただ、こんな僕でも今は幸せだし、生きてきて良かったと心から思う。

 

優生学者はさぞ優秀な人なのだろうが、誰を優秀とするのか?

学校の成績が良ければいいのか?

顔やルックスが整っていればいいのか?

性格が良い人ばかりならよりよい社会になるかもしれないが、誰がその良い、悪いを判断するのか?

その辺は極めて曖昧だが、きっちりと定義された社会は相当、息苦しい。

人間の価値を相対的に考えると、必ず誰かは淘汰されることになるだろう。

自分が生きていていいと言う自己肯定感。他人の価値を下げることによって持つことは寂しい。

 

僕は優生学ってのは微妙なラインで扱い方が難しいと思っている。

というとは、優秀な遺伝子を残そうとするのは動物の本能で、人間以外の動物は趣味なんかもなく、食べるためと自分の遺伝子を残すために生きているように感じる。

小学生くらいにテレビ見た動物界の子孫を残すための熾烈な争いなんかは印象的だった。

もしかしたら、そんな激しさが本能的に人にも備わっているのかもしれない。

そんな権力者が他人に余計なお節介を焼き、国家権力を振りかざした時に優生政策となったのではないかと思う。

ただ、なぜ権力者なら生きてていいのか?って質問には答えられないと思う。

 

今の資本主義では生産性が高く、お金をたくさん稼げる人が優秀な人なのだろう。

優生学では健康であったり、肌の色だったり、人種だったりが人間の価値を計る尺度になっていた。

ただ、つまるところその人の持っている人間観が出るんだろうなぁと洞察している。

アウシュビッツへ行き感じたこと

先週、僕が実際にアウシュビッツに行き感じたことを記そうと思う。

 

不謹慎かもしれないが、アウシュビッツの外観だけならとても立派な外観に感じた。

赤れんがで等間隔に木が植えられてあり外観だけなら美しくも感じた。

とても昔に、昔と言っても世代的には僕の祖父の青春時代くらいの昔に殺戮工場があった場所とは想像し難いと思った。

 

ポーランドの冬は厳しく、外の風は本当に冷たい。

中に入ると、とても暖かいのだが展示物が迫ってくる。

 

白黒写真も多いのだが、当時を生きた人にとってはリアルでカラーの感覚が肌を突き刺す。

とても粗末な食事で、靴もなく強制労働させられてたとは思えない。

人はこんな過酷な環境では生きてはいけないだろう。

ダウンを着ながら見ている僕はあくまで想像の域でしかない。

それでも、門をくぐる前には鳥肌が立ったし、死の壁を前にすると泣きそうにもなった。

 

それは『夜と霧』という本を読んだ影響かもしれない。

初めて読んだ時はとても衝撃を受けた。

読んでいて、あれほど心拍数が上がりドキドキした本は初めてだったと思う。

それくらいの衝撃だった。

だからと言って、何度も読める本でもない。

衝撃が強すぎて1度しか読んだことはないのだが。

 

例えば僕が関ヶ原に行って、天下分け目の関ヶ原で何かを感じるかと言えば何も感じないだろう。

何かを感じる霊感もない。

 

それと同じで、展示物があって、しっかりと歴史を直視しなければ何かを感じることはできないと思う。

ただし、それは正直いい気分ではない。

 

また、当事者意識の有無によっても捉え方は変わる。

恐らく、イスラエルから修学旅行か何かで来た学生は名簿の名前までしっかりと見ていて驚いた。

また、感受性豊かな女の子は入口で入られずに、泣いている子もいた。

 

アウシュビッツの感想をどうまとめていいか分からない。

もし『夜と霧』を読んだことがないなら一読して欲しい。

 

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優生政策の行き着いた先

優生政策の行き着いた先は安楽死政策と言う名の大量虐殺であった。

ホロコーストと言われるものだ。

ナチスドイツ下で行われたT4作戦は、人を工業的に殺害するものだった。

 

特にユダヤ人を差別し迫害し、知的障害者を“人間の抜け殻”と呼び健康で優秀な人間像とは対極にある障害者を劣等人種として扱った。

価値のないとされた人間を直接抹殺していったわけだ。

 

今まで優生政策の歴史に関して見てきたが、冷徹かつ合理的に経済効率という観点だけで計算すれば安楽死政策に行き着くのは当然かもしれない。

 

ただ、文献によると病人や障害者を殺害することは当の優生学者も反対していたようだ。

なぜなら、殺害することを許すのであるならば優生学の存在意義がなくなってしまうためだ。

 

ただ、どちらにせよ優生政策の行き着いた先は安楽死政策であった。

 

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優生学の概念

各国の優生学の歴史を見てきたが、どのような作用で優生政策が進められたかを概念として市野川 容孝 教授が鋭い洞察をしているので引用したい。

 

 優生思想というものは、それ自体、完結したものとして存在するわけではない。とりわけ、それが一つの社会的実践として、すなわち優生政策として具体的な形をもつようになるとき、優生思想は、いくつかの概念や装置と連動し、これらに取り囲まれながら具体化する。本章では、近代社会において優生思想、優生政策が具体化していく構造=コンテクストを支えるモメントとして、「自然」、「近代的個人(主体)」、「福祉国家」という三つに注目した(図参照)。

 これら三つの要素は一見、互いに対立するかのように見える。例えば、ダーウィンにとって「自然」という概念は、まさに「福祉国家」という装置を、淘汰の阻害要因として告発するための道具であった。また、「近代的個人(主体)」の概念は、「福祉国家」という装置に潜む全体主義的傾向に、本来ならば拮抗するはずのものである。しかし、これらは一種の化学反応によって優生学に結びつけられるとき、互いに他を補うものとして機能し始める。

 「自然」の概念から導き出される淘汰という実践は、「福祉国家」が要請するコスト計算を背景としながら、その政策上の正当性を確保していく。つまり、限られた財源をより有効に配分していくためにこそ、淘汰(優生学不妊手術という実践)は不可欠のものとして要請されていったのである。

 また、「近代的個人(主体)」の概念は、自由の前提条件として自立能力を要請する論理に結びつきながら、淘汰されるべき人間の像をより明確に描き出していく。

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『障害者学への招待』石川 准、中瀬 修 監修、明石書店、1999年

 

優生政策の本質を突いている。

 

福祉国家」は「自然」という概念から導き出される淘汰とは逆のパワーが働く。本来なら淘汰されていたかもしれない人を国家が世話しているわけだ。

その「福祉国家」の持っている全体主義的な作用は「近代的個人(主体)」と逆のパワーがある。

本来、反対のパワーを持っているもの同士が化学反応により優生政策として推し進められる。

 

優生政策(断種)の対象者を自己決定できない人というのは「近代的個人(主体)」から導き出されたというわけだ。

 

非常に鋭く深い洞察だ。

 

日本の優生政策

日本の優生政策の歴史を振り返りたい。

 

“産めよ殖やせよ”の戦時中に制定された国民優生法は事実上の中絶禁止法として施行されていたが、戦後、優生保護法(1948〜1996年)に改定された。

 

優生保護法の第一条には「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする」と明記されており優生を強調、強化すること形となった。

 

また、任意の優生手術としては「本人又は配偶者の四親等以内の血族関係にある者が、遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神変質症、遺伝性病的性格、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇形を有し、且つ、子孫にこれが遺伝する虞れのあるもの」と表記されている。

難しい内容でイマイチ分からないが、僕はこれを読んで恐ろしいと感じた。

理由はシンプルで自分も引っかかってしまうと思った。

何が遺伝かは明確に定義されていないが、自分が遺伝的に優れた人間だとは思えない。

もしかしたら遺伝的性格とかで引っかかることになるかもしれない。

優生保護法の施行中に生まれているが、優生上の観点から生まれてなかったかもしれない。

 

上記の条文はあくまで任意だが、強制優生手術の条項もある。

現に、1万6千人以上の障害者の方が不妊手術を強制された。

本人の意思なしに子どもを持てない体にされてしまうことがあったようだ。

 

 

日本の優生政策を簡単に見てきた。

機会があればもう少し深掘りしてみたい。

 

世界各国の優生学

アメリカでは断種法が制定され、優生政策が実施されていったが、歴史的に見て優生学的な運動は、1890年から1930年代まで世界の30カ国以上で展開する。

ゴールトンが蒔いた優生学という種は、それぞれの国の土壌で独自の形態として進化していった。

 

また、優生学者によって様々なスタンスがある。

例えば、純血が望ましいと考える学者もいれば、混血が優生学的に見て望ましいと考える学者もいた。

 

優生学と戦争(富国強兵)は結びつきが強うそうに思えるが、戦争を“逆淘汰”と捉え戦争に反対する優生学者もいた。

逆淘汰とは、戦争に行ける生物学的に優秀な者が減り、戦争に行けない劣等者が増えると考えた訳である。

 

ただ、時代背景も今とは全然違い白人こそが人種の中で最も優秀だということが当然視されていた時代であった。

 

色々な考え方があるが胡散臭い学問だと捉える人がいるなかで、賛成、反対を踏まえたうえで優生学が定着していった。 

 

ただ、優生学プロパガンダ(政治宣伝)してい際、人間が退化しているという問題意識は共通していた。

 

日本がどうだったかは、また別の機会に。